ミーハーでごめんね

ミーハーでごめんね

I AM LOWBROW, AND I'M SORRY.

VIXX N Fanmeeting 2019 <A! Cha hakyeon> in Japan 夜公演 IN Zepp Tokyo

いまだに、なんで兵役があるのかぜんぜんわからない。
なんでエンくん(『VIXX』のN )が兵役に就かなければならないのかわからない。
彼らは「韓国の男として当然だ」と言うけれど、
やっぱりどうしても私は日本の女なのでわからない。
K-POPが好きになってから数年たつし、わからないことはたくさんあったけれど、
「兵役」に関しては自分なりにだけれどわかっていた"つもり"だった。
でもぜんぜんわかっていなかった。
いま、なんでエンくんが兵役に就かなければならないのか、わからない。


ハイタッチ会のあと、もう私は"『VIXX』のファン"としては完全にやりきっていて、
あとはメンバーがひとりの男性、ひとりの人間としていい感じに人生を歩んでくれればとずっと思っていて、もちろんそれはいまも変わらない。
ぶっちゃけ兵役結婚脱退解散なんでもこいやくらいでいた。大マジ。
だけど改めて「兵役」というものに直面すると、兵役というものがまったくわからないので、
彼らがそれによってどうなるのかということもまったくわからず、
すでに別れの挨拶は済ませていたつもりだったのに、
わからないものだから、それは嫌だって思ってしまう。
こればっかりはほんとうにわからないんだよ。




えねねんの入隊が発表されてから、基本的にあんまり気持ちが元気じゃなかった。
それとはぜんぜん関係のないことで疲れたりすると、
このことを思い出してより悲しくなったりしていた。


今回のファンミーティングも会場へ向かうため家を出るにあたってイヤイヤ病といいますか、
ワナワンのラスコン同様になんかよくわからんけど「行くのイヤだ~」ってなってた。
直前にこれを見ながら適当にシークバーを動かしてたらちょうど『別れの公式』に…ウッ。




1月26日、えねねんの入隊の知らせがあった。
そしてほぼ同時に神・某楽〇チケット様から本公演の受付募集のメールが送られてきており、
ぱっと見、公演の内容すらなんだかよくわからなかったけれど、
すでにそのときやや混乱していたということもあり、
いてもたってもいられなかったので、何かを考える前に「とりあえず」応募した。
私は本当にチケット会社様に助けられています。本当にありがとうございます。


私は「ファンミーティングってなんやねん」っていう人種でありまして。
遡れば、『EXO』の初来日イベントのグリパ
あれをファンミーティングというならば、あれ以来のファンミーティング参加だと思う。


とはいえ、グリパとはぜんぜんちがうものだと思うし、
本当に公演が始まるまで「ファンミーティングってなんやねん」っていうのはずっとあった。






ソウルからはじまったえねねんソロファンミーティング行脚のオーラス。
文字通り、"えねねんが「ファン」と「ミート」する"というものだった。
って、日本版のイメージポスターのフォントとレイアウト、どうしたんや。





公演中は心のなかで「これがファンミーティングっていうやつか!」というリアクションばかりしていて、
兵役やそれにまつわる感傷などはすっかり忘れていた。


それは公演が終わってからもあまりその状況にすらぴんとこないというか。
「…終わった?」みたいな。


いつものライブのあとのような興奮冷めやらぬ、という状態でもぜんぜんなくて、
とにかく「ファンミーティングに参加した自分」がそこにいた。
それだけが絶対に確かなことだった。





46億年ぶりに入った『Zepp Toyo』は、
指定席かつ私が二階席だったこともあり、思ったより広く感じた。
最下手だったけれど前に席がない、ほぼ最前列のような席だったし。
本当に、楽〇チケット様には足を向けて寝られない。


現れるえねねん。
日本語のうたを綺麗な声で歌いだす。
本当にきれいだった。
どうしてそんなきれいな日本語の歌を歌うの。
自分でつくった曲なんだって、『サボテン』。


ああ、これはVIXXの公演ではない、エンくんの公演なんだなって心底思った。




エンくんは日本語が達者なので、司会も特に設けず、
エンくんがひとりでしゃべりながら進行していった。
よくよく考えたらそれだけでもかなりすごい。


エンくんは「〇〇じゃん(ドヤ」をめっちゃ多用していたのがおもしろかったし、
相変わらず客席に対して好戦的な(?)煽るスタイルが最高だった。
控えめと言われがちな日本人のオーディエンスに声を出させる。
それらからはもっともっとコミュニケーションをとりたいという意志が伝わってきた。


そしてちょっとびっくりしたんですけど、エンくんが「〇〇ですよね?」って振ると、
みなさん「ネー!」ではなく!、「はーい!」って応えるんですけど!!!!????
これはびっくりでしょ。エンくんひとりの現場っていつもこうなんですかね?
これK-POPアイドルの現場ではかなり珍しいのでは。


通訳は根本さんかな?
エンくんは日本語で自身が伝えきれない部分だけを韓国語でしゃべり、
そこだけ根本さんが訳すスタイル。




今回のキーモチーフであるインスタグラムを用いてそれについておしゃべりするコーナー、
韓国が誇る舞踏家・Nの圧巻のステージパフォーマンス、
いかにもファンミーティングっぽい一階席限定(…)の練り歩きファンサタイムなど、
「ファンミーティングってなんやねん」だった私でもわかる超充実した内容だった。


そしてVIXXの公演では聴くことのできない、エンくんの歌唱をたっぷりと堪能できました。
本当に綺麗な声なんですよ、ありがとうソロファンミーティング。




大学院修了報告を親御さんよりはやく知らせてくれちゃった。いいんか。
今朝ちょうど修了報告証がとどいたらしく、さくっとインスタのノリで写真を見せてくれた。
っていうかえねねん、大学院生だったのか。




ゼップをナメすぎていたせいかライティングの演出が素晴らしくてびっくりした。
ライブハウスであのクオリティは100点満点でしょう。


合間合間に流れる映像もそれぞれすごくよかった。
そうか、えねねんは宿舎を出たのか。
逆にえねねん以外はまだ宿舎で暮らしているってすごくない?
えねねん宅に訪問したホンビンとヒョギはまぁわかるんだけど…LR、お前たちのことだぞ!
VIXXってやばくない?




↓ は、エンくんご本人念願のチャ・ハギョン個人のYouTubeのアカウントより、
本公演でも披露されたパフォーマンスの映像。
髪の毛が短くなっていたのもこの映像を先に見ていたから知っていた。



これがいままでのえねねんのステージとはちょっと違ったえねねんで、
ひじょーにセクシーでよかった(語彙力…)
これまでのえねねんのソロステージってあまり人間の「性」の部分を感じさせないステージが多かったように思う。
本作は、しっかりと男性性であるけれど表現のうえではフラットであるという絶妙さ。
もちろん存在としてとても美しく、けれどさっきまでぺちゃくちゃとおしゃべりしていたひととは思えない、そう「ひと」ではない。
この「ひとではないなにか」を演じることに関しては屈指だと思うのですが。
とにかくとっても素晴らしくて、やっぱり大好きです。




他の界隈のヲタクたちもこぞって「これはすごい!欲しい!」となっていたペンライトをはじめとする本公演のオリジナルグッズらもふくめ、
イベント全編にわたってエンくん自身が手をかけていて大切に用意してくれたイベントだったことがいまになって身に染みる。



世界一可愛い自慢のペンライト。


私はなんて幸せ者なんだろう。
エンくんは幸せだったかなぁ?




過去に"エンくんから五円玉が渡されるお見送り"があった衝撃事実は知っていたけれど、
今回もエンくんご本人によるお見送りがあることだけでもぶっ倒れ案件なのに、
その際にエンくんご本人から四葉のクローバーのカードをお渡ししていただきました。



まるでマネキンのように美しく、仏像のような笑みを浮かべて立っているエンくんに、
「健康で!」とだけ伝えました。
一瞬の出来事すぎてようやく目と目を合わせるだけでいっぱいいっぱいだったけれど、
何事もなかったかのようにどっしりとスッと立っている様子が余計にマネキンみを増長させ、
これが本当にさっきまであのステージに立っていたひとかな?と。




エンくんからカードを受け取り、会場の外に出ては呆然としていた。
感覚としては会場から「放り出された」ような気分だった。


なぜか会場前にはたくさんファンの方がなにかを待っていて。
そしたらスーツのお兄さんが「~~ならあちらですよ!」となぜか出待ちにファンを誘導してくれるという(笑)
夏のライブの公式出待ちだったり、今回の出待ちといい、これも公式なのか!?って(笑)
で、なにも考えられないすっからかんの頭で私もなんとなくその先に行ったんですけど、
そこにはもうすでにたくさんのファンの方がおり、それをスタッフさんがしっかり整備していて不思議な感じでした。
電車の時間もあったのでギリギリまで粘って待ったのち、会場裏から出てきたエンくん。
待っていたファンたちの前をすみからすみまでゆっくり歩いてくれていたようで、
背が低く、後ろのほうに埋もれていた私もそのお尊顔を見送ることができました。







公演の最後に、えねねんが目に涙をうかべながら「しあわせでいてください」と。
もうこんなに幸せな時間をもらっていて、それでもなおそんなこと言ってくれるんだよね。
参っちゃうよね。




いまは、本当に、文字通り「夢のような時間」を過ごしたあとで、
あの時間は本物だったんだろうかということと、
私がほぼ初めてのファンミーティングで、ちゃんと適応できていなかった自覚もあり、
本当になんというか…ぽっかりと…心にぽっかりと穴?のようなものが?


衝撃の事実としてはちょうど一週間後にえねねんは入隊します。
もっというと夜公演だったので「一週間以内」にはすでに入隊している、おかしいだろ。
そんな入隊一週間前のえねねんとミーティングしてしまったよ。なんかすごいよね。


…いや、やっぱりVIXXが兵役とかばかなんじゃないのって思うよ!?
けれど、そのなんともいえない入隊への現実感のなさは、
本公演に参加する前の不安で悲しくてどうしようもない気持ちより大きくて、
逆にすごく救われています。


入隊前に、最後にえねねんと「ミーティング」することができて本当によかった。
心から、ただただ健康でいてほしいです。






사랑해요.
#학연아_잘했어_수고했어_고마워

七つの会議

「原作:池井戸潤」て、いつもなら回れ右しちゃうやつです。
でも最初に断っておくと、ちゃんとおもしろかった。


映画『七つの会議』はめちゃくちゃ『アウトレイジ』だった。
なんつーか役者がどれだけ楽しみながらマジのガチで演じるかっていうところが。
でも本作は、各々それなりに演じてるんだけれど足並みが揃っていないように感じられて、
全体的になんか噛み合ってないなーと思ってしまいました。勿体無い。
観始めたらアウトレイジだしキャラ萌えするやつだって思って観ていたものの、
そっちの方角にはいかずそののち私、迷子。


徹底的に「内部」の様子しか描かないのはそれはそれでよかったけれど、
それと引き換えにキャラクターの「人間味」があまり伝わってこなくて。
作品におけるキャラクターを駒にしたかのようなつくりはぜんぜんアリだと思うけれど、
今回はそれがあまりうまく作用していないと感じました。




予告映像で見たザ・変わり者なエキセントリック野村萬斎様が目当てだったのだけど、
それを差し置いて藤森慎吾♡♡♡♡♡がかわいすぎましたね!
藤森慎吾をキャスティングしたひとを表彰したい♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡
ああいうきゃんきゃんいう小者大好きだよ、めっちゃかわいい!ぴったり!
ミッチー王子はせっかくビジュアルはよかったのに、
「やさしいひと」で終わってしまったキャラクターだったのが惜しすぎる。


とにかくキャストの演技がバラバラというか。
萬斎さんの演技ですらサムく感じたのは、たぶんそれぞれが"この作品のための演技"をしているわけではないからなのではないかと。
みんなそれぞれに自分のもっているスキルで自分の演技をしてるなぁと。
香川照之とかうまいんだけど、またその演技かぁそれ見たことあるんだよっていう。
もっと映画に捧げてほしかった。そういうのが見たかった。
萬斎さん演じる主人公・八角は、終わってみればただのナルシストだったのではと思えちゃったのが残念でした。




おもしろかったしエンタメだし正義だし。
そういうのは好きだけど拭えない説教感があったのは否めなくて。
とくに「正義」の部分に囚われているのか終始堅苦しいというか。
「説明」の部分がすごく説明くさいし、わかりやすいのは結構なのだけれど、
それなら文章でよくない?っていう。


あと映像のスケール感がごちゃごちゃというか。気持ちよくない。
見ているこっちがドキドキしたりとかぜんぜんしない。
ここまで「正義」を説教くさく描いておいて、
エンドロールは個人的にクレジットに集中したいのだけれど、
それでもまだ言い足りないないことがあるくらいの作品だったのに、
結局私は傍観者以上にはなれなかった。他人事どまり。


これはけっこうきついなと思った。


こんだけ「表現」より「演説」をやって(私が)他人事とか。
伝えたいことがあるはずの作品なのはわかるし、伝えたいこともわかるんだけど、
肝心なところがまったく伝わってきていない気がする。
上っ面で「そだねー」で片付けてしまう自分がいる。
キャストもそうだけど、つくったひと・関わったひとみんなでひとつの作品をつくろう!っていう円陣とか組めてないんじゃない?




『七つの会議』っていうくらいだから、それぞれの会議が始まるタイミングでナンバリングのカットがあってもよかったのでは。
それこそ『女王陛下のお気に入り』みたいに。


たぶんこれ史実だったらヤベーみたいになるやつだったんだよ。
でも配慮というか弱気というか多方面に気を遣っているのか、「安全」に仕上げたなぁと。
でもフィクションでそれじゃ届かないよ。
整備されていて、綺麗すぎてリアルじゃないもん。


いろんな"日本人が働くこと"についての問題にスポットを当てるものの、
ストーリーの流れの関係で結局すぐにこちらも視線を変えざるを得なくて、
作品は待っているラストに向かって寄り道せずに突き進んでいくんだよな。
働いているたくさんのひとりひとりの人生はさておき、正義のラストに一直線。
パワハラと闘いながらめちゃくちゃ一生懸命働いてるひとたちはどこいったん。
けっきょく製作陣もスポンサーとかの顔色うかがってんのかなって。


もっと爪を立てて、爪痕を残してくれてもよかったんだけどな。
でも、想像以上に、ちゃんとおもしろかったのは本当によかったです(説得力…)

オン・ソンウ × ミナ(gugudan)@カジュアルファッションブランド BANG BANG イメージモデル



オンミナ、



健全すぎてすごい。





性的な感じがいっさいしない…父娘じゃん……
兄妹だし従兄妹だし、友達ですらない感じ。
恋愛に発展するのがまったく想像できないのすごくない?


そしてなんだろうこのミナちゃんがオンさんを相手にしないだろうな感。
そういうオンさんが好きだよー。
(これで熱愛報道出たら「このロリコンが!」て罵ると思う、ごめんな!)





うんうん。



このへんはかっこいい。




でも、



なんなのこの爽やかなのに胡散臭いの…ちょっとおもしろい…



ガチガチ…漂う緊張感、こちらも背筋が伸びますね。



はっきりとわかるミナちゃんとの芸歴の差がすごいな!?
というかたぶんオンさんの画風がミナちゃんと比べるとちょっと古めかしいんだよな。





まさか『音楽中心』MCでご一緒したミナちゃんとふたりで広告モデルとは!ご縁がある!
そしてマクミナはキュンてするのにオンミナのこの安心安全無味無臭、ありがとうございます!



ワナワン後、初めてソロタレントとして広告で世間に姿を見せたのでは?めでたい。
このテの広告モデルがここまでぎこちないのは意外だった(笑)
被写体の主役が己ではなく、あくまで"「商品」を見せる"ために撮るものだと、
それはそれでどう振舞うかもぜんぜんちがうもんね。
まぁそのうち慣れていったらそれはそれできっとさみしくもあるんでしょうけど。
オンさんの広告、日本でもお目にかかりたい~。

女王陛下のお気に入り

めちゃくちゃ好きなやつだった。


「醜い」もの・ことに寄り添ってみたり、突き放したり。
そんなふうに人間の醜さを掌で転がして遊んでいるかのような映画だった。
そして、描かれる「醜い」を愛でる気持ちがある一方で、それを鼻で笑う自分の醜さよ。
だってこういうの、見たかったもん。


3人の女たちが誰も愛していない(ように見えた)のがほんとうによかった!
みんな他人なんかより自分を愛していて、自分がいちばん大事で大切で、
自分がいちばん気持ちよくなるために強くなってしまう人間の力と、醜さ!
("幸せになりたい"とかそんな大それたことではない。だって「いま」必死だから。)




全体的に「滑稽」がすごい。
美しい宮殿も悪趣味なほどのおめかしもうさぎも鳥撃ちなる優雅で残酷な暇つぶしも。
総じて、豪華であれば豪華であるほど、滑稽。
滑稽がすぎるくらい滑稽なのだけれど、
だからこそ登場する「人間」がすごく"血の通った「人間」"て感じがした。


バカみたいなシーンはたくさんあるんだけど、
そこに居る「人間」がすごく真剣に「人間」のかたちをしている。
そのコントラストが最高だった。
生きてる。我々はこのバカみたいな世界を必死で生きてる。


キャスト勢はエマ・ストーンしか存じ上げなかったのだけれど、
みなさま、演技というかもう顔そのものがすごかった。
すごく「人間」だった。すっ裸の「人間」だった。
エマ・ストーンといえば『ラ・ラ・ランド』のイメージくらいの認識だったんですけど、
ララランドじゃないエマ・ストーン、想像以上。




映像は洗練されていてすごくスタイリッシュ。
宮殿の広大さが強調される下からのアングルは内容と対をなすかのような超開放感。
夜の暗闇に灯されるロウソクの火もとてもいい。
音、宮殿の日常の音が蠢くように配置されていて、なかでも発砲の音が印象的だった。
フォントのつかい方もいちいちかっこよくて、センスいい~って感じ。
だけど個人的にはエンドクレジットはちょっと欲張ったなぁと(笑)
最後にタイトルどーんはめちゃくちゃよかった。


予告映像より、メインビジュアルのほうが映画そのものの雰囲気がよく出ている。



絶対にどうかしちゃうやつでしょ。


それにしても…なんですけど、
まぁ邦題(原題:『The Favourite』)は百歩譲って置いておいて、
キービジュアルはちゃんと踏襲してるのに配色で台無しにするジャパンの配給会社よ…
大奥がうんたらかんたらのコピーとか馬鹿なの?(悪口)




いやもうこれは映画館でレイトショーとかで観てこそではという感じ。
真っ昼間に家でとか絶対に見れない、自分が恥ずかしくなっちゃうと思う。


映画の雰囲気に酔いしれて、
気がつくと、高みの見物キメてる恍惚感…という自分のゲスさとのご対面である。
「サイテー!」「クソ!」とか言いながら爆笑してるのよ(伝わらない)


そののち、虚無。
でも、その虚無、悪くないんです。

オン・ソンウ、ようこそ日本へ。@仁川国際空港


ひゃー。




WELCOME ようこそ日本へ 君が今ここにいること

とびきりの運命に 心からありがとう

今日も 君が君らしく 青空の下で輝いている

きれいだね 君こそ我が誇り Dear オンさん~~~~~~~~♪






おぼっちゃま。



ねぐせ。



ひー。



カメラバッグ…わからんけど写真撮る気満々で日本に来てるのかわい~。






てか相方の (•́ .̫ •̀:·) にそっくりな。






あんまりアイドルの空港での様子とか見ないひとなんですけど、
今回はすごくオンさんが守られているというのがわかってハッピネスだよ。
オンさんがちゃんと守られているの、ハッピネスだよ。


めちゃくちゃガードされている…!安心安全、守られているオンさん…!
腰が低い!!!!!というか腰が引けてる!!!!!かわいい!!!!!!!!!



でも、


ちょっとさみしそうでは…?




むしろ誰か…とひとを呼びたくなるのなんで!
だってオンさんちょっとさみしそうに見える~かわ~。
今回はお仕事だからなぁと思うけれど、遭遇したひとはちやほやしてあげてほしい!
いっそグラビアは私が撮るのでウチに来い!




オンさんがバレンタインデーに日本に降臨したので『ELLE』をぽちってしまいました。
翻訳付きなので雑誌でのロングインタビューをしっかり読めるのが楽しみ~。



チャートに反映されるみたいなので、
ホワイトデーあたりにオンさんが美味しいものを食べられたら嬉しいよ。







追記:


まさかの鳥取!のイオン!のゲームセンター!での遭遇情報が一件あったのみのオンさん。
(しかもさすがの対応でファンと写真を撮っているのがまためちゃくちゃオンさん)


2月16日、帰国したオンさんがふたたび仁川国際空港に現れたのですが、



キラキラ芸能人仕様のキメキメオンソンウ、マスクなんてしておりません!
カメラバッグも持ち歩いておりません!
出国のときはなんだったのというこの自信に満ち溢れた姿!芸能人です!!!!!!!
なんか元気そうでよかったよ~。





そしてその内容は!



ひ~。




ダニエルもモデルを務めていた(…)、
寝具・インテリアブランド『The Spring Home』の広告撮影でした。




パジャマ・オン・ソンウ in 鳥取、最高じゃない?


メイキングフィルムのクレジットによると、

2019 SPRING COLLECTION


Special thanks to.

Photo by Gong Joo Eun
Film by Kim Yun Hee
Song by Ong Seong Wu
Song Directing Lee Jin Ah

and.
Fantagio
Antenna

そう、このやさしい歌声はオンさん!



供給ありがたき~。



生きてるだけで、愛。

映画を観る前に、5年以上使用しているiPhoneのバッテリーの交換を頼んだんです。
映画館が入っている商業ビルの一階の修理屋さんで。


映画を観終わって、中に入っていたバッテリーが変わったであろうiPhoneと再会した。
ケースも装着してないし、店員さんが綺麗にしてくれていたこともあって、
たった2時間手元から離れていただけで、まるで自分のiPhoneじゃないみたいで。


だから、どうしてももともと中に入っていたバッテリーが見たかった。
というか、持って帰りたかった。
5年以上も一緒にいたものを簡単に手放すことができないんですよ。
たとえそれがゴミみたいなものでも。


でも、それはお店のルール上、渡せないと言われてしまった。
私はこれまで惜しみつつ手放したものと同様に、
「じゃあ最後に写真を撮ってもいいですか?」と訊いて、
それが実際に本当にこのiPhoneの中に入っていたかもわからない取り出されたバッテリーを、
返却されたiPhoneで数枚撮った。
一連のそのバッテリーへの執着を店員さんは不思議そうに見ていた。
店員さん、佐奈宏紀くんに似ててカッコよかったんだけどな。




そういうことだ。




私のそういうところを一瞬でもわかってくれるひとは、
もちろん積極的に探したわけでもないのでいまのところ見つかっていない。


でも映画のなかの寧子(やすこ)も津奈木も出会えているんだよね、探すまでもなく。


だって、作品だから。作られた世界だから。正解があるから。
綺麗だったよ、美しい映画だった。
ことばにできない、かたちにできない、けれど沁みる、魂のラブストーリーだった。
あんな映像のなかに存在してみたいよ。


私はそっちにいけなかったんだよ。
そういうのをエンターテイメント作品とかそういうのじゃなくても、
なんでもいいけど自分の都合にいいように昇華できなかったんだよ。
私は"スマホのバッテリーとの別れを惜しむ「私」"とは別れられないんだよ。




それに気づいたのは映画を観たからではなくて、映画を観る前から知っていた。
だから、観ないつもりでいた。
そういうのをあらためて突きつけられるのはわかっていたから。


数ヶ月前、最寄りの大型シネコンで本作を上映していたときは、
そりゃあもうあの予告ですから、ずっとずっと気になっていたけれども、やりすごした。
でもこのタイミングで、iPhoneのバッテリー交換がしたくて、
その修理屋さんの入ってるビルのなかにある劇場で上映中で。
改めてiPhoneを修理に出す直前に映画の予告を観てみたら、
なんだか大丈夫な気がしたんだよ。


寧子を演じた趣里ちゃん、放っておけない子どものようなあどけなさと少女のような危うさ、
そしてふいに見せる艶やかさで寧子の魅力を爆発させていた。まぎれもない主人公だった。
菅田将暉(津奈木)の演技は相変わらずめちゃくちゃにえぐい。すごすぎてこわい。
寧子と津奈木が"ほんの一瞬でも分かり合えている"のに対して、仲里依紗、本当に不憫や…!
でもいい仕事してたで仲里依紗、ありがとな!
田中哲二さんの懐の広さといい完璧な布陣だった。総じてすごい攻撃力だった。




で、このザマである。




でも、あんまり傷ついてないし、私ももう少し楽チンに生きよって元気も出たりしてて。
むしろずっと本作を見て見ぬふりをしていただけあって、スッキリした部分が大きいかも。
それはあのiPhoneの修理屋さんのお兄さんにちょっと戸惑われてもとくに傷つくこともなく、
お兄さんに「お世話になりました!よろしくお願いします!」とちゃんと言えたからかな。
無論、私は寧子ではないからだ。
お兄さんがそれに対してちょっと恐縮したような姿を見て、安心したのかもしれない。


私は寧子でもないし、本谷有希子ではない。
私は寧子にはなれないし、本谷有希子にもなれない。
"私は「私」でしかない"ということを別れざるをえなかったバッテリーが教えてくれた。
ここにたどり着くのもライフハックでしょ?私は生きるぞ。

2019 Wanna One Concert [Therefore] in ライブビューイング

昨日のことである。
『VIXX』のN(エンくん)が入隊するとの知らせがあった。
えねねんは、それは「当然のこと」だという姿勢を積極的に見せていたくらいなので、
「応援が力になる」と言われたらこちらとしては応援するしかないんですよ、と。
そう思わせてくれたのは、えねねんの優しさだと思っています。
だから、覚悟できていたつもりだったけれど、いざそうなると涙がでる。


いやいやでもね、正直いって私、韓国人じゃないから、
どうやって「応援」したらいいのかもよくわからないし、
なんか本当に改めてこの状況がよくわからなすぎてなんだこれ。
どんな気持ちでいたらいいのかまったくわからないんですけど。


これまで何人ものアイドルの入隊を遠目で眺めてきていたけれど、
いざえねねんが入隊するということにこんなに動揺するとは…えねねん……
アイドルを好きになって、K-POPアイドルを好きになって、
改めていま戸惑いのなかにいる私に追い打ちをかけるような知らせだった。




ファンに圧倒的権限があり、運営の行うビジネスまでも動かすことができる韓国のアイドル界隈にウッワとなっていたら、
ファンがどんなに誠実な対応を求めても運営は自らの保身が第一優先で、
一連の事件の「被害者」であるアイドルをひとりも守れなかった日本のトップアイドルグループ企業にもはやことばも出てこないというね。


これがいわゆる「詰んだ」という状態なのか。
はい、アイドルファンとして詰んでるんですよね。


そんなこんなでけっこうどんよりとしていたのだけれど、
その一方で『Wanna One』の最後のコンサートのライブビューイングのチケットを確保するために、
スケジュール調整とかして発売開始数分前からファミポートの前に立っていた。
そんな感じなので、もはやその行動は反射神経みたいなものだと思う。



だってワナワンの最後を見届けたかったから。



『2018 MAMA』でこの目で見たワナワンが最後だと思っていたし、
それは確かにそういうことになったのだけれど、
そのあとに、スクリーンを通して、"ワナワンの「最後」"を日本からライブビューイングで見ることができるだなんて思ってもみなかった。


Wanna One』という選ばれし11人による期間限定グループは、
ものぐさな私をつねに煽って行動に移させてくれた。


1月2週のチャートを見たら、11月に発売したワナワンのアルバムが音盤1位になっていて、
私のお金でメンバーが美味しいものを食べてくれているという実感が。
ええ、天使と会いたかったんです。察して。






ワナワンが終わってしまった。







正直、チケットを獲ったものの、ライブビューイング会場に行くのはおっくうだった。
前日のえねねんの発表もあり、かなりナーバスになっていて、
なにが不安かもよくわからないけれど、とにかく不安だった。
だって「悲しい」をわざわざ観に行くようなものだ。


でも、ワナワンの最後を見ることができて本当によかった。




泣きすぎて頭が痛いし、中継が終わったあと、
劇場のなかでは誰も言葉を発することもなく周りはみんな泣いていた。
しばらくはすすり泣きや嗚咽、それ以外なにも聞こえなかった。
私も信じられないくらい泣いていた。
それにしてもワナワンのラスコンの最中に『嵐』の活動休止が発表されたとかなんなんだ。


さすがファミポートの前に発売開始数分前から陣取り、
発売3分後には席を抑えただけあってど真ん中もど真ん中、
スクリーンが真正面という席でいろいろとびっくりするくらいダイレクトに届いた。
自分じゃ絶対に通路席しかとらないから最初はいやだなーとか思ったけれど、
まぎれもなくいちばんいい席だったよ…ありがとうファミポート。




2018年12月31日、ワナワンが解散したらしいけど本当かな?、という感じだった。
でも2019年になって今日に至るまで各メンバーのこれからが事務所やメディアによって知らされて、「解散しているらしい」くらいの感覚はあった。
それから、いろいろと勝手に考えさせられていて、もやもやしてた。


けれど、そんなもやもやを吹き飛ばすかのような、
すごく誠実な最後を見せてくれた。





7月の幕張メッセの単独ライブや12月のMAMAで見たワナワンは、
本当にきっちりとひとりひとりがそれぞれの仕事をしているという感じで、
"『Wanna One』というグループ"をメンバー個人以上に感じることができなかった。
だからか、いい意味であんなに売れているのに浮ついている様子などまるで見えなくて、
毎回毎回、ひとりひとりが真剣にステージに取り組んでいるという印象だった。
もちろん、それは本公演もなのだけれど。




でも、最後にスクリーンで見たワナワンは、完璧なワナワンだった。
彼らはワナワン以外のなにものでもなかった。




ワナワンが、最後の最後まで「ワナワンでいたい」と思っているのが、
これでもかというくらいに伝わってきてそれが本当に嬉しかった。


それと同時に目の当たりにした光景はとてもつらいものだった。
そんなワナワンが終わってしまうことを悲しまず、惜しまずにはいられなかった。
でもワナワンとファンが惜しんで惜しんで最後を迎えたというのは、
とてもとても幸せなことだと思う。
いやでもメンバーのあの姿をみて「これどうすんの…」って本気で心配なんですけど。
とりあえずオンさんはウチに来い!




ワナワンの最後は、本当に美しかったけれど、
もう二度と見たくないみたいなところも含めて本当に凄まじかった。


ラストの演出を考えたひと天才では。
ワナワンがひとりひとり美しくワナワンを終えていった、すごい演出だった。
ちゃんとワナワンが「11人」であったことがとても大切にされていた。
悲しかったし、なにより辛そうな彼らを見るのは本当に辛かったけれど、
思い返せば、全員を主役に、ワナワンとしての最後を完璧に演出していたように思える。


そんなメンバーを最後まで支えたのは、現地にいたファンの歓声だと思う。
立てなくなったり、歌えなくなったりするメンバーをあの叫びのような歓声が支えていた。



ちょっとうるさいくらいの歓声は、きっと彼らがワナワンである自らを、
最後の最後までまっとうすることができた最大のパワーだと思う。
私はライブビューイングで観ていたけれど、そこで見ることができたワナワンは、
現場で歓声を送ったファンがいたからこそ、見ることができたんだと思う。
現地のワナブルには感謝しかない。




ライブそのものは本当に充実していて、とっても楽しかった。
何度も言うけれど、いつも以上に本当に、本当の、本物のワナワンのライブだった。
だからこそ、終盤に向かっていくうちに「なんで解散するんだろ?」と、なってしまった。
Wanna One』が結成されたことに意味はあったけれど、
解散することで具体的にいま以上の何かが生み出されるかと思うと、個人的にはとくに思いつかないからだ。


私はてっきり、ほとんどが事務所からまたアイドルとしてデビューするものだと思っていた。
もちろんアイドルはもうやらないだろうなと思っていたメンバーもいるけれど。
ところがどっこいふたをあけたらソロソロソロ。


ちょうど自分がこの界隈と距離がどんどんできていくのを実感していく日々だった。
私が"まぎれもなく"大好きだったころのK-POPアイドルグループが「7年」を期に解散・脱退したりしていて、
それとまるで並行するかのように、もう「ワナワンにとってのワナワン後は"アイドル余生"なんだろうか」ということを考えさせられていた。



基本的にアイドルに関しては"私自身が楽しければいい"というスタンスだったけれど、
本当にここ一、二年くらいでいろいろありすぎて。
「アイドルにも絶対に幸せになってほしい」と、もはやプレッシャーをかけるかのように願うようになってしまっているのが、
個人的にはあまりいいことだとは思えないんだよな。


そもそもなにが「幸せ」かなんて本当にひとそれぞれで。
でも、「幸せになってほしい」という想いを勝手に押しつけるような存在に、
アイドルは自分のなかでなってしまっているんだなぁと。


ワナワンのその後の活動がほぼソロタレントとお知らせされても、
「まぁ本人が幸せなら、それを望むのであれば…」みたいなふうになってしまう。
彼らが「アイドル」であることをこちらが諦めない理由がないのである。


だって彼らの人生は彼らのものだ。


すごくイヤな言い方すると、ひとの価値観はそれぞれにせよ、
メンバーにとってワナワンがアイドル・芸能人としてのテッペンなのではということが、どうしても頭の片隅にある。
それらと向き合わなければならない彼らの辛さといったら想像を絶するものがあって、
とてもじゃないけれど穏やかな気持ちだけではいられないんですよ。


ワナワンでアイドルやりきった、と思うメンバーがいてもなにも不思議ではない。
そう思わせるようなグループだったもんな。
でもな…まさかこんな顕著にみなさんアイドル活動しなくなっちゃう雰囲気になるとか思わなかったんだよ。



で、ここで私すっかり忘れてたんですけど、
彼らはアイドルとしてデビューできるかもわからなかったんですよね。



それを思い出して青くなった。
と、いうより、そのことを忘れていた自分に青くなった。


聞いたことのないような事務所ばかりで、結局資金をはじめとしたもろもろの理由で、
ワナワンにならなかったら彼らはデビューすらもできなかったのかもしれない。
ワナワンがあまりにも売れすぎていて、そこをすっかり忘れてた。
ワナワン後に事務所からグループデビューすればいいのにと、こちらは簡単に言うけれど、
そもそもそれぞれの事務所が新しいグループをデビューさせられるのかと考えてみると、
そこ忘れてたわ…そういう世界だったわ…ってなるねん。




素晴らしいラストコンサートだった。
けれど、なんのための『Wanna One』だったのかということが、
いまいち見えないまま終わってしまった。
『I.O.I』のその後のことなども想うと『Produce101』シリーズは、
もっと考えるべきところがあるように感じる。
(なんだかんだアイズワンはうまくやれそうな気がしている)


私はただたんに『Wanna One』というアイドルグループが好きだった。
だから「その後」のことなどについては、あまり気にしたりしていなかった。
その結果、いまこうして「現実」というものにぶん殴られている。





約1年半、駆け抜けたね。




Wanna One』、ありがとう。
Wanna One』のことが好きになれてとても幸せでした。








영원히 워너원!