ミーハーでごめんね

ミーハーでごめんね

I AM LOWBROW, AND I'M SORRY.

JO1 @ KCON:TACT season2 DAY 2 in ライブストリーミング



もう無理だ、と思った。
これから発売されるファーストアルバムのアートワークを見て。


私はアイドルのビジュアル・クリエイティブ面に対して異様にうるさいひとであり、
彼らがもたらすであろう「新しさ」に期待していたのはもちろんその部分もある。
デビューシングルではひどい文句を言ったものの、まぁ大丈夫だった。
発売直近のファンミーティングで生のパフォーマンスを見ているのが大きい。
セカンドシングルは耐えた。推すとか抜きにして彼らのことがアイドルとして大好きだという気持ちが大きかった。


そしてセカンドシングルの祭りが明けたこのタイミングでファーストアルバムリリースのお知らせがあった。
復唱するけれど私はアイドルのビジュアルやクリエイティブにうるさいひとである。



無理。
今回は無理。受け入れられない。



理由を挙げればきりがないけれどいちいち文章にするのも面倒なくらい無理。
端的に言うと、彼らがもたらすであろう「新しさ」に期待をして推すのはもうちょっと無理かなという感じ。
彼らのことは大好きだし、愛着だってあるし、普通にファン。
でも「推す」とか「推し」っていうことばをわりと慎重に使う私にとって、もうちょっとそれは使えないかなと思った。




でもね、


覆ったよね~。




そんな状態だったもんで、KCONのチケットを購入することすら躊躇していたのだけれど、
前回のKCON同様に『KCON:TACT』公式からアップロードされた『GO』の練習動画であっという間にやられてしまった。

もうね、いつ何が起こるかわからんし、買ったれ買ったれと買ってしまった。
いまではそんな自分を褒めたいし、KCON公式の練習動画にはそういう作用(?)がある。




オンラインライブとはいえ、JO1にとって2回目の参加となった『KCON』。
そこで見た『JO1』のステージは、やっぱり私にとって唯一無二の「新しい」ものだった。


前回のKCONとは違い、日本でもちゃんとしたライブ用のステージを用意していた今回。
画面に現れてすぐに披露された勢いと躍動感のある『OH-EH-OH』で、やっぱり私は『JO1』のパフォーマンスがとても好きだと思った。



そしてラストソング、初披露の『My Friends』で昇天。




JO1は運営に難がありすぎるし、ビジュアル面に至ってはもう・・・・・・という感じ。
けれど今回の『KCON』のステージは、そんな私をずっとJO1に繋げ続けてきたデビュー前ファンミーティングで体感した『JO1』を思い出させてくれるものだった。




彼らは、やっぱり「新しい」。



けれどこれはステージパフォーマンスに限った話であり、
正直なところミーグリはさんざんだった。
さすがのテルマオンニも苦笑い。私は苦笑いどころが冷めた目でわりと引いていた。


デビューと同時期にコロナ禍となってしまい、デビュー以降、
ステージの前に観客がいたことがないJO1の課題はそこにありありと見られた。
また、6月に行われた『GirlsAward』でも懸念した"アットホームな雰囲気"、
言い方を変えれば内輪感がより強くなっていたのもそれと似たようなことだと思う。




それでも彼らのステージはやっぱり大好きだと心底思った。
こんなふうにひとつのオンラインライブを通して気持ちが大復活しちゃうことってあるんだなって自分でもびっくりしてる。




今回、心からオンラインライブを楽しめたのは、
何を隠そうAmazon大先生の『Fire TV Stick』様を手に入れたのがデカい、デカすぎる。
しかもパッケージ内の梱包がとても美しい。感動した。

まだまだオンラインイベントが続くであろうことを見越し、ついに購入したのだけれど、
大きなテレビの画面で今回の『KCON』のように配信とはいえライブが見れたことは本当に最高すぎた。
今日に至るまで最大でもPCの画面でしかオンラインライブを見ることしかなかった状態からの反動もでかい。
もっとはやく購入しておけばよかった…と思わなくもないけれど、
購入して初めて見たオンラインライブが『KCON』で、とてもよかったなとも思っている。
ジャストサイズの黒ベースのスーツ衣装を着用したJO1の美しさのインパクトをこうしてぶち当てられたのだ。


照明が暗い・カメラワークが行き届いていないなど、そういう声も目にしたけれど、
テレビの大画面では個人的にそれらがすべて帳消しになった。
画面の暗さは個人的にはライブ会場のそれを感じさせたし、うまくいかないカメラワークもまたライブならではのもののように感じた。
どうですか、『Fire TV Stick』のおかげでめちゃくちゃオンラインライブを楽しんでしまった。




MVPはファーストアルバムのタイトル曲のセンターを務める川西拓実くん。
今回のたくみくんは、「たっくん」ではなく完全にずっとバチバチの「クミさん」だった。

11月25日に発売されるJO1のファーストアルバム『The STAR』のハイライトメドレーもKCON内で初披露されました。
冒頭のとおり既出のアートワークに関しては現時点で完全に「無理。」なわけだけれど、
パッと聴き素敵なアルバムになりそうでそこは普通に楽しみ。




「無理。」なところまで行きついたものの、
オンラインとはいえステージパフォーマンスで「だから私はJO1が好き」というところまでさかのぼることができ、気持ちの面で復活を遂げられたのが素直に嬉しい。
マイペースだけれど、私は私なりに好きなものを好きでいたい。
そしていま現在、そういったものがあるということをかみしめております。ありがとうございます。



ちなみにARフォトカードセットはまじで楽しいのでおすすめ!

Snow Man 「KISSIN’ MY LIPS」ミュージックビデオ

2020年、ジャニーズのアイドルが、
こんなミュージックビデオをリリースするだなんて思いもしなかった。



聞けばラウールがリップスティックのモデルに起用されたことで話題になったクリスチャン・ディオールとのコラボレーション曲なのだそう。


ジャニーズのミュージックビデオでよく目にする、ある過剰さとは真逆の、
クールでファッショナブルなビデオにぶったまげたのだけれどそれも納得である。


『KISSIN’ MY LIPS』(キッシン)のミュージックビデオは、
シンプルだけれど構成がソリッドで、はちゃめちゃにおしゃれ。
かつ、これだけ削いでもなおゴージャス。
ここまで振り切れたのはメンバーそれぞれの強い個性があるからなんだろうな~。
該当するリップのアイコンであるラッキースターをキーポイントにした椅子や、
リップの質感・色味をイメージしたカットも印象的。
カラースーツのスタイリングや目元にあしらわれた蝶など、それらはさながらディオールリーフレットの世界。
また、CDジャケットでも明らかに同じディレクションが行われている。


この一連の企画を担っているのは『ELLE』誌なのかな?
だとしたら、それもまたあらゆる意味で凄いことだと思う。
こういったコラボレーション企画によってモデルの所属するアイドルグループのCDジャケットやミュージックビデオがブラッシュアップされたのではないか、ということだから。



ディオールの新作リップの「スター」というコンセプトのモデルに抜擢されたラウール。
『ELLE ONLINE』内のコンテンツページ【星が導くラウール×リップの関係】ではスペシャルムービーが公開されており、すでに『KISSIN’ MY LIPS』の楽曲の一部を聴くことができた。
スペシャルムービーのクレジットにはしっかりと『ELLE』と記されている。


ハイブランドコスメ×ジャニーズといえば、
トラジャこと『Travis Japan』がESTEE LAUDERGIVENCHYYouTubeでコラボ(?)したりしているのですが、
このへんの流れとも関係あったりしますんでしょうか…?




揃いのスーツ姿でこれだけシックなパフォーマンスで魅せることができるのは、
今現在のジャニーズでは『Snow Man』しかいないのではないだろうか。


そう思わされたのは『Crazy F-R-E-S-H Beat』のダンスビデオが公開されたときだった。
振り付けはメンバーのひーくんが務めているというんだからもうびっくり。
ディティールが作りこまれていていちいち楽しくてめちゃくちゃ洒落ているのが本当に最高。



こんなミニマルでマニアックなダンスを群舞として昇華するスノーマンのポテンシャルがすごい。
またこれは楽曲にもいえることで、こういった無機質な音で構成されている楽曲がデビュー曲のカップリング曲に選ばれたというのもすごい。
いったいこの楽曲の背景にはなにがあったんですか。


と、『Crazy F-R-E-S-H Beat』のダンスビデオがなかったらたぶん『KISSIN’ MY LIPS』の振付やビデオにはたどり着いていないのではと思ったり。
あのダンスビデオでスノーマンは「揃いのスーツ姿でこれだけシックなパフォーマンスで魅せることができる」というのをこちらに印象付けたと思うから。


キッシンのビデオのベースになるのは9人と9つの椅子がずらりと並ぶ大胆すぎる引き画のダンスショットだと思うのでよりそれだ、と納得してしまう。
(もちろん個人の感想です)


私は『ZIG ZAG LOVE』ですっかり時が止まっている人間だし、
少クラを視聴しなくなってから能動的にSnow Manのステージを見たことはない。
そんな私でもわかるのは、9人体制になってからのスノーマンは「揃える」のをとても大切にしているなということ。
これは『Crazy F-R-E-S-H Beat』のダンスビデオを見る前に、何かのパフォーマンスを見てからそう思っていた。
だから『Crazy F-R-E-S-H Beat』のビデオが公開されたときはめちゃくちゃ嬉しかったし、
どこかでなにかが合点がいったのをよく覚えている。




『KISSIN’ MY LIPS』はMVティーザーも凄くて、
あのクセのつよいスノーマンのロゴでさえも利用してしまう。



あのディオールのイメージとは真逆のゴリゴリのグループロゴがこういった演出につかわれるとは。
また終始今回のこういったディレクションにしっくりハマってしまえるのもスノーマンの強さだと思う。




さらにジャニーズの新時代を感じたのが、
ミュージックステーションでのパフォーマンス初披露の流れでYouTubeチャンネルにてミュージックビデオが公開されたこと。
ジャニーズさんかなりインターネットの戦い方を身につけてない?ラポネ聞いてる?


いま、エンターテイメントの世界が変わらなくてはならない事態になっているけれど、
ジャニーズが今回の一件以外にも目に見えてオンライン攻勢に活路を見出していっている。


また、こういった新世界のような作品を見せつけられると、
ますます変化するものがあるのではないかとの期待をしてしまいます。
たのむぞ、そこのお方たち。

VIXX・ホンビン、脱退。

2020年8月7日、ホンビンが『VIXX』を脱退しました。


ホンビンがK-POPアイドル界隈をザワつかせたこともあった2020年のはじめのほう。
私は「まぁやっちゃったねー」くらいです。


けれど、これはVIXXに対して冷めているというわけではなく、
もはや私にとってVIXXは"特別な「アイドル」"だったからで。
あと、まぁお互いもういい大人ですし的な。




そこに到達したのはまぎれもなく、
『VIXX LIVE LOST FANTASIA』公演と、その約一か月後に行われたハイタッチ会です。



すごい、やりきった感。
私はもうじゅうぶんだから、いまは本当に『VIXX』の明るいこれからを願ってる。
いまの心境ならば、心置きなく送り出せる。

『VIXX』が好きで、幸せです。


この時点ですでに私はVIXXというグループにはじゅうぶんに幸せにしてもらった自負がありました。



えねねんの入隊前最後のイベントのときも、

ハイタッチ会のあと、もう私は"『VIXX』のファン"としては完全にやりきっていて、
あとはメンバーがひとりの男性、ひとりの人間としていい感じに人生を歩んでくれればとずっと思っていて、もちろんそれはいまも変わらない。

これです。



それらの気持ちはいまでもまったく変わっていないです。



幸運にもそれ以降にもイベントやトピックがあり、
ありがたいことに、そのたびに素敵な体験をさせてもらっていたのですが、



それらは私にとってすべて予想外のサプライズのようなものでした。


振り返ればそれらがあったことで、
これはずっと続くものなのかもしれないと心のどこかで期待してしまっていたのでしょう。
ずっと、もうじゅうぶんだよ、ありがとうって思っていたはずなのに。
どうしてこんなに悲しいのでしょうか。



VIXXからはもらったものがでかすぎる。



私は強欲です。
甘やかされすぎたし、甘えすぎたことに対するしっぺ返しのようなものでしょうか。
だって誰も悪くないし、彼らが自分自身のために、それぞれの人生の選択をすることをあんなに願っていたのにね。


情報を得た直後は、ぜんっぜん平気だと思っていたけれど、どうしてもこみ上げるものが。
"ホンビンがVIXXを脱退する"ということで年月的な意味でそらK-POP界隈もいろいろ変わっていっているわけだと突きつけられたりもするわけで。




誰かにぶつけたいような気持がないからこそ、自分自身で折り合いをつけるしかない。
ガーンっていうショックはあるし、とても淋しいです。
でもいま、そんな自分の感情よりも幸せにしてもらったという気持ちの方が何倍も大きいのはまぎれもない事実なのですが。


『VIXX』というグループは私にとってそういう存在なんですよね。
もうこんな出会いはきっとないのではと思います。
こういったところに至るまでも含めて、私はVIXXというグループが好きで本当にラッキーなんです。自慢です。




いままで本当にありがとう。
これからもお互いに、心身ともに健康でいられますように。




もしかしたら重荷になってしまうのかもしれないけれど、
私を含むたくさんのひとがキミのことが好きだったんだぞ~~~ってそのことだけは忘れないで欲しいなぁ。



ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語

美しいな、と思った。


冒頭、主人公が雑踏のなかを駆け抜けるシーンは最高に気持ちがいい。
スクリーンの中には人がたくさんいて、
みんなハグしたりキスしたり踊ったりしている。


近頃のコチラの世界では見ることがない世界がそこには広がっていて、
それがとても美しくて、単純にすごく羨ましくなってしまった。




作品によるのかもしれないけれど、
コロナと切り離して作品と接するということは、いまは無理みたい。
これが"withコロナの世界"なのだろうか。


映画泥棒の映像が新しくなっていた。
大型シネコンで映画を見たのは約5ヶ月弱ぶり。
駅には相変わらず人がいるけれどシネコンは時間が時間だったので空いていた。
みんながマスクをしていること以外は、あまり5ヶ月前と変わった気はしなかった。
けれどスクリーンに映ったものが、コロナ禍のイマというものを突きつけてくるようで、
美しいなと思う一方で、どうしてもウーーーーーっとなってしまった。




現在と過去を行ったり来たりしながら、
眩しいほどのハッピーのかけらを浴びると同時に波のようなしんどさにも覆われた。
けれどその覆いかぶさっていたはずのしんどさも映画が終わる頃にはすっと軽くなっていた。


なにをハッピーエンドと捉えるかはひとそれぞれだよなぁと思わせてくれた。
現代にもまだ健在する"女の幸せ"という定義のようなものの前に立ち続ける主人公・ジョー(シアーシャ・ローナン)は、
彼女自身が選んだ道でハッピーエンドを示してくれたと思う。
ちょっと水を差すことを言おうと思えば言うこともできなくもないけれど、
ひとりの人間として、そういうのは今回はいいやと思えた。


自分が自分で生きていきたいジョーだけれど、
周りが変化することが淋しくて悲しくて仕方がないのがもう本当にわかりすぎて胸が痛かった。


とりあえず私はまだイマをハッピーエンドにはしたくないので、
そのためにはまず目の前のことのひとつひとつに向き合うしかないなと思いました。
手洗い、マスク、3密回避。


本作の監督・グレタ・ガーウィグ氏はこの赤髪の女性だったのか。



ティモシー・シャラメの演じたローリーが最高すぎて、
世の若手イケメン俳優たちに演じてみてもらいたいと思った。
ローリー選手権やりません?とりあえず、吉沢亮あたりどない?


鑑賞後に公式ウェブサイトを見たら、
姉妹構成が私が思っていたのとてんでバラバラでびっくりした!
(ジョー・メグ・エイミー・ベスだと思い込んで観ていた)



このビジュアルを見たときはよくわからなかったのだけれど、
いまはとても「わかる」。




正直、外出してまでインプットするという行為が億劫になっていた。
それはとても贅沢な行為だということに気づかされている昨今であるのになぜなのだろうかと。


自己判断ということに関して自信がないことと、
単純にステイホームに慣れすぎてしまったというのもありそう。
あと、つねに気持ちに余裕がないというのはでかい。
芸術に触れることができるということは私にとってそのへんのバロメーターのようなものだ。
その気持ちの余裕のなさは、きっとコロナによる漠然とした不安がつねにあるということでしょう。


映画館が遠い存在になってしまったように感じていた。


それでも押し込むように映画館で映画を観る。
駆け込みだったけれど、久しぶりのシネコン映画鑑賞がこの作品で心からよかったと思う。
やっぱり美しいものを大スクリーンで観る時間というのは至福だった。

Nizi Projectの先にあった「NiziU」という色の話。

いつもどおりの感想文です。
当方、虹プロといったらスッキリと餅ゴリだろ!、という程度のスーパーニワカです。




このたび『Nizi Project』(虹プロ)を通してデビューする『NiziU』(ニジュー)

メンバーそれぞれの色(個性)が重なり、美しい光を放つ”虹”のような存在を発掘・育成するというJ.Y. Parkの想いから「Nizi Project」と命名された。

Nizi Project - Wikipedia

個人的には、このプロジェクト名がある時点で、
デビューグループのビジュアルアイデンティティのようなものがすでに形成されたと思っています。



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わかる。



この「わかる」という感覚が私はとても大事だと思っています。
(「わかりやすい」という意味ではありません。)


私は『JO1』のデビュー時にコンセプトトレーラーを見て、
彼らが何者であるかがまったくわからないそのディレクションあっけにとられていました。
そのくらい新しいアイドルグループがデビューするときに与えるイメージのファーストインパクトに敏感になったのは、
まぎれもなくK-POPアイドルをウォッチしていることが大きいのですが。
すさまじい数のアイドルグループがいるなかでとりあえず目立たなければならないK-POPアイドルのそうしたビジュアルアイデンティティづくりにはいつも感心しています。


それは既存の日本のアイドルプロジェクトが手が届ききっていない部分だとも思っています。
もちろん日本のアイドルだってほとんどコンセプトが存在しているし、
イメージビジュアルがそれを後押ししている例もたくさんあると思います。
けれど、イメージビジュアルだけで目に留まるような仕掛けをつくるという点では、
アイドル大国と言われる一方でまだまだ発展途上のような気がしています。





『Nizi Project』と『NiziU』に共通する「Nizi」というワードは、言わずもがな「虹」。



これがつよい。



プレデビュー曲『Make you happy』のミュージックビデオ冒頭の配色で、

きっと誰もがこのMVは『NiziU』のものだと「わかる」んです。



虹色というイメージカラーをプロジェクトの最初から植え付けていたのが本当につよい。
餅ゴリもといパークさんが言っていた、

美しい光を放つ”虹”のような存在

というワードが見事にそのまま『NiziU』のイメージになりました。


カラフルでキラキラならなんでも「わかる」し、
逆にそうでなくなったときにまた別の意味で虹色というキーカラーは意味を持たせてくれるような気がします。
色のイメージだけでもこれだけグループのイメージを掌握できるというのは本当に凄いです。




なんなら私は"ほぼ虹プロ未視聴者"なのですが、
この日プも羨む社会現象的大フィーバーを起こした「虹プロ」というワードを知っていれば、
今回のプレデビューのビジュアルディレクションに違和感を覚えるほうが難しいような気すらします。


そのくらい、「虹」ということばもそのイメージもドつよい。


正直、番組ガチ追い勢や既存のK-POPファンの方々にとってはちょっと拍子抜けするビジュアルかとは思います。
ミュージックビデオは同じ事務所のTWICE先輩の『LIKEY』にかなり似ているし。
でも、今回大事なのはソコではないかなと。


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そもそもデビュー決定のアナウンスとともにこれだけ「わかる」ビジュアルを繰り出してきたことが凄いんです。
アイディアは諸先輩らのコピーになってしまったかもしれませんが、
とりあえず、デビューメンバー決定の直後に、『NiziU』というグループがどういったグループなのか、
数パターンのイメージビジュアルとミュージックビデオだけでこれだけ「わからせる」ことができたことが凄い。

JYPエンタの馬力を見た気がするし、TWICEの日本活動が受け入れられているという現状をしっかりと把握したうえでのディレクションだったと思います。


ロゴ周りの細かい部分を含めた処理や、
K-POPアイドル運営のノウハウがつめこまれたかのようなSNSの使い方もうらやまし~~。




きっと、これからニジューを知るひとは『Nizi Project』のことも知ることになるでしょう。
"『NiziU』=「虹」"という方程式があればすぐに虹プロにたどり着くはずです。


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これは今回惜しくもデビューメンバーに選ばれなかった練習生の背中をも押すことにもなると思います。
『NiziU』という名のグループが活動し続けるあいだ、我々はずっと「虹」というイメージを持ち続け、それらは虹プロと親しまれた『Nizi Project』も想起させるからです。
そして『Nizi Project』という番組自体がこうしてずっと語り継がれていくと思うからです。


虹プロはYouTubeの利用の仕方がイマイチだな…と思っていたのだけれど、
一転、このデビューメンバーが決まったタイミングで『NiziU』名義にスライドされた前虹プロの公式チャンネルから、
終盤の虹プロの後追いができる公式動画が勢いよくアップロードされています。





な、なんなんやこの全方位ハッピープロジェクトは・・・・・・・・・
そして私は老若男女みんながニジューちゃんの縄跳びダンスを真似している姿が容易に想像できるのでニコニコしちゃいます。
それってなんて在りし日のLOVEマシーンなんだろう。

スウィング・キッズ(二回目)



正直に言うと、先週観たときはそこまで刺さらなかった。
けれど、それを言語化してここに残すことが怖かった。人目が怖い。
たかが自分のための忘備録、自分のためのブログとはいえ、
最近のインターネットではわからなかったことをわからないというのもはばかられるような気がする。


前回は久しぶりに映画館に赴いて、映画を観て。
それだけでもきっと結構疲れたと思う。
でも、それにしたって自分と同じような感覚だったひとがぱっと見で見つけられなかったことはややショックではあった。


二回目の鑑賞に至ったのは、なんといっても俳優ド・ギョンスの現時点での最高傑作をもう一度この目で観たかったからだ。
一方で、やっぱり自分だけ刺さっていないように感じられたのが悔しかった。
ギョンスを盾になんとまぁ卑しい理由よと思うけれど仕方がない。
イッツ・マイ・スタイル。





結果、やっぱり私はこの映画とはノリが合わないなということがわかった。


だけれども、まぎれもなく、もう一回観て本当によかった。
キャラクターがくっきりと浮き出るように見えたぶんストーリーがより鮮やかではっきりして見えた。
いやいや我ながら、前回見えていなかったものが多すぎて唖然としている。
読書感想文だったら読解力がないとか言われると思う。


なによりラストのダンスシーンにあんなにもたくさんたくさん詰め込まれていただなんて、ぜんぜん気がつかなかった。
前回、私はあのシーンを見て、とくに何かを思ったりはしていない。
ジャクソンが見たたらればの夢だと思っていた。


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けれど、あれは回想なのだとようやくわかった。
いつの間にか友だちになっていたと思っていた「スウィング・キッズ」というチームは、
きっとああいった時間を何度となく過ごしたのだろう。
そこに及んでようやく迎えるエンドロールだった。




主人公・ギスの「踊りたい」という声が響きわたり、映画に漂っていた。
ところが前回観たときはあまりそれを感じることができなかった。



このたびようやく、最後のステージで見せた圧倒的な「踊りたい」という気持ちをしっかりと受け止めた。
一回目の鑑賞では怒涛の情報に埋もれて見えていなかったけれど、実はギスはいつだって踊りたがっていた。
最後のステージに至るまで。つらい。
その先に、もっとつらい最後が待っているけれどギスは最後を踏みしてめて踊っていた。


膝をついたギスを見てやっぱりこれは戦争なんだ、とまた思い知らされる。
こうして自分の意思で映画館に足を運べるということは当たり前ではないのだ。
例の数はちょうど一週間前の約2倍にもなった今日だった。




ギョンスがいたからこの映画を諦められなかった。
だからもう一度こうして鑑賞するに至った。
ウリ・ド・ギョンス、出会いをありがとう。