ミーハーでごめんね

I AM LOWBROW, AND I'M SORRY.

自分のことは自分が知っていた。





当たり前のことなのかもしれないけど。


つい先日、自分のポートフォリオを見返すきっかけがあった。懐かしかった。自分がつくったものがどんなかたちであれ可視化されていることは幸せだ。




いちばん忙しく、収入も多かった時期のものは、なるほど、いま見てもよくこんなものがつくれたな~と思えるものばかりだった。けれどそれらに関してはたぶんもうこの世には残っていないだろうなと悲しくなった。きっと残っているのは私のポートフォリオのなかだけだ。たぶん、モノとしてもどこにも残っていないだろうし、記憶に残っているひともいないだろう、そういう制作物だった。


その時期の前後につくったものはどうだろうか。モノとして、あるいは誰かの記憶のはしっこに残っているであろうものが多く、自分は幸せ者だと思った。某フリマサイトで遭遇したりもする。


けれど、いちばん忙しく収入が多かった時期というのはそれはそれで私にとってはとても貴重なものだった。大変で辛くて失ったものもたくさんあったけれど、それと引き換えに得たものも多かった。なかでも自信と自負とスキルを得たことはたぶん自分の人生のなかではとても大きい。




さて、ポートフォリオの後半は学生時代の作品だった。


頭が真っ白になった。


自分が学生時代につくった作品はいまでも自分が大好きなものだった。あのころは、与えられた課題をすべて自分の好きなものに具現化していた。そうしたら、なぜだか褒められまくっていた。そんな学生時代。課題に見合った答えになっていなくても作品は周りにいたひとたちに愛されてチヤホヤされていた。


本当につくることしか考えていなかった。実家暮らしをいいことに通学と課題制作しかしていなかった。本当にそれしかしていなかった。


だからこそ、いま見ても自分が大好きな作品たちだ。もうこういった作品を、私にはつくることはできないのだろうかと一瞬絶望的な気持ちにもなった。過去の自分が眩しくて悔しくてそんなことを考えてみたけれど、答えはすぐに出た。



きっともう私はあんな作品はつくれない。



それらは学生時代に通学と課題制作だけやっていても成り立っていた環境にあったからつくれたものだと思うから。改めて思い返してみても本当にそれしかやっていなかったのでびっくりしてしまう。


そのときに私がおろそかにしていたもののひとつに「人間関係」があった。一例を挙げるとすると私と親しくなりたいと思ってくれていたひとに対して、私は無だった。最悪である。いまは大好きな商業エンターテイメントの類に対しても、当時は自分が楽しむというより自分がよりいいものをつくるための勉強としてしか見ていなかった。自分でもウソみたいな話だなと思うけれど恐ろしいことに本当の話である。


欠落していた。


当然のことながら、いまは通学と課題制作だけしていればよかったあの頃ではない。そしていま、「人間関係」は私がこれから生きていくうえでいちばん大切にしたいものだった。


学生時代のようなもののつくり方では絶対に得ることができない「人間関係」。けれど褒められてばかりで天狗だった自分が社会に出て収入を得る代わりにものをつくる生活にいちばん求めたのは紛れもなく「人間関係」だったのだ。


思えばずっとひとりでつくっていたような気がする。もちろんそんなはずはないのだけれど、たくさんのひとたちが関わっていたものもひとりでつくっていたような気がする。


私はいま、誰かの声が聞きたいし、誰かに何かを伝えたい。誰かの人生に携わるものがつくりたい。そしてそれを誰かと一緒につくりたいし、誰かとその想いを共有したい。


何かをつくること自体に関してはもうそれ自体が自分の性格のようなものなのでしょうがない。そんな自分がこれから自分の人間関係を大切に、生活していくためにどうやって収入を得てなにをつくれるかと考えると、もはやそれはカタチとして残るものではなくてもいいと思った。




自分が見えるところにいる誰かのためになにかがつくれたらいいな。そして自分も穏やかに過ごせたらなおいいな。


予期せずできた余白のような時間が次へと導いてくれた。自分のことは自分が知っていた。