ミーハーでごめんね

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I AM LOWBROW, AND I'M SORRY.

ブラッケン・ムーア~荒地の亡霊~ in シアタークリエ

 1937年、イギリス・ヨークシャー州。裕福な炭鉱主のハロルド・プリチャード(益岡 徹)の元に、ある日エイブリー一家が訪ねてくる。かつては家族同士で仲良くしていたのだが、10年前にハロルドの一人息子・エドガー(当時12才)が、ブラッケン・ムーアという荒野の廃抗に落ちて亡くなった事故をきっかけに疎遠になっていた。それ以来、エドガーの母親・エリザベス(木村多江)は家の中でふさぎ込んでおり、彼女を励ますためにエイブリー一家はプリチャード家に数日、滞在する予定だった。エリザベスはエドガーの親友であったエイブリーの一人息子、テレンス(岡田将生)と再会すると、亡き息子への思いを溢れんばかりに話し出した。

 しかしその日から毎晩、うなされたテレンスの恐ろしい叫び声が、屋敷中にこだまするようになる。テレンスはエドガーの霊が憑依し、何かを伝えようとささやいてくると言う。やがてエドガーの霊に憑りつかれたテレンスは、事故現場であるブラッケン・ムーアに向かう。そして事故当時の知られざる真実が、少しずつ明らかになっていく――。

STORY|シアタークリエ『ブラッケン・ムーア』

驚くほど導入はこのあらすじ通りだったおかげで、
余計なことは考えずただただ舞台に集中できたのは個人的にとてもよかったのですが、
ここに書かれていることに関してはそれを超える舞台表現にはなっておらず…




「岡田将生が主役」っていうのが先にあって選ばれた戯曲だとしか思えない。
岡田将生のファンとしてはスーパー岡田将生フェスティバルの再来といった感じでそれはそれで最高だったんですけどね。


他の役者さんたちもすごくうまいのに、
なんで作品そのものはこんなにガタガタなんだろって思っちゃった。
岡田将生はもちろんちゃんと仕事をまっとうしていたけれど、
たぶんそれは舞台の軸ではないんですよ。
それなのに無理矢理作品を「岡田将生が主役」に寄せなければならないがために、
全体的に作品のパワーが落ちてしまった感は否めない。と思う。




1幕はこんなにつまんないことある!?まじ?って頭抱えるくらいおもしろくなかったし、
役者さんも演じてて楽しいんだろうかとか思っちゃうくらいだったんだけれど、
2幕は冒頭からぶっ飛ばしますからね。
ああ、1幕はぜんぶ2幕のためのものだったんですねと。
1幕では隣の席の方が寝ちゃってたところがあったくらいで、それもわからなくもない〜って感じだったけれど、
2幕のためにちょっと頑張って観るべきだと思います。(誰)




キャストもキャラクターも超少数精鋭であったと思う。
岡田将生・木村多江・峯村リエ・相島一之・立川三貴・前田亜季・益岡徹。
だからこそより、もうすこしそれぞれのキャラクターを際立たせてほしかった。
ご丁寧にセリフでみなさん自己紹介はしているんだけど、
説明的すぎてものの見事に頭に入ってこない。
そしてなによりキャラクターの心象風景がぜんぜんわからない。


強気のシンプルな演出も、あれだけつくりこまれているセットですら弱いと感じました。
セットはシアタークリエというキュッとコンパクトな劇場だからこそあのしっかりぎっしりとしたものになったのかな。
ほぼ真正面で役者さんの目線の位置くらいの席だったので、
定点でかすかに変わる舞台の上の空気を感じることができたのはよかったけれど、
席によっては工夫がないと感じるひとがいてもおかしくないんじゃないかと。
そのくらい役者さん頼みの舞台だったと思う。
ただ、そんなシンプルもとい直球な演出のなかでも、
風の演出と控えめながらも要所要所で必ずキメてくる照明が素晴らしかったです。


それを請け負った役者陣は見事な演技を見せてくれたわけで…
でもその演技だってもっともっと輝くはずだったのにと思うと悔しさが。
テレンス(岡田将生)の「演技だった」部分もその事実にもまるで説得力がない。
演技が作品と同じ方向を向いていないというか。
だからちょっと滑稽というかところどころちぐはぐな感じがあって、
全体的に芯がないように感じられてこちらが気持ちを預けて見ることができない。


ワンシーン、ワンシーンはとてもいいシーンもあったし、
エリザベス(木村多江)のシーンは本当にえぐられるような気分になるのに、
そういった「感動」というものが、舞台の上の役者が入れ替わるだけでブツ切りになる。
逆をいえば、ずっと同じセットでも役者の顔ぶれが変わるだけでこんなにも違った雰囲気になるのかということでもあるのだけれど、
今回はどうしても私はそこにたどりつけなかった。
だがら全体的に言いたいことはわかるし伝えたいこともわかるんだけどいまいち響いてこない。
個人的には「岡田将生、美しかったなぁ」が一番強く残っちゃうんだけど、
絶対にそれじゃないんですよ、正解は。
まぁ正解なんてものは決まったものではないと思うのだけれど。




終始エリザベス(木村多江)に同調しすぎてしまって、
彼女が言葉を発するたびに涙がダバダバ流れてしょうがなかった。


12歳の岡田将生もといテレンスもといエドガー!!!!!こわいんですよ!!!!!
キャワイイとか言ってる場合じゃない!いやかわいいけど!普通にこわい!すごい!
あとやっぱり岡田将生、動けるんですよね~。
あの手足の長さで舞台の上で驚くほど身軽!身体の動きが雄弁というか。
だからもっと舞台で見たいな~と思う。


そんなエリザベスのテレンスのシーンは妖しい雰囲気がとてもよかったです。
ふたりにはエドガーという共通の愛するひとがいたわけだけれど、
そういった背景ありきとわかっていても単純にふたりが心を近づける様子は、
まるで見てはいけないものを見ているようでドキドキしました。




ハロルド(益岡徹)~~~~~~が、もっと引き立つ方法はなかったんだろうか。
いやあの舞台の上でハロルドを演じた益岡さんは本当にすごかったと思うからこそ、
いちばん「岡田将生が主役」の煽りを受けてしまっていた感。
最後、あんまりキマらなかったの悔しすぎました。(個人の感想です!)




岡田将生はさすが霊長類最強の美しさで、今回もさすがの美しさでした。
あの美しさにはもはや安心感すらある。
人間のかたちをしているのだけれど、どうしても同じ人間とは思えない美しさ。
最初と最後の野暮ったいスーツではそんなにそれは発揮されないんですけど、
それ以外はテロテロしたパジャマやタンクトップ(泥まみれ最高)など彼の美しさがこれでもかと発揮される衣装の連打で美しい~~~~ありがたい~~~~!!!!!と心のなかで拍手喝采でした。


極めつけには何も!!!!!衣装を!!!!!着ていない!!!!!
いや着てる、半分着てる、半裸です。上です、上半身裸。
まぁそれの美しいのなんのって。
彫刻かな?さすが神が創りしものですね。
たぶん岡田将生は全裸でも美しい。
いや私のスケベ目線もあるけど、それを抜きにしても絶対に美しいと思う。
神様に本気でつくってもらったんだからおすそ分けしてくれみたいな(?)






2019年の目標として「生の岡田将生を見る」ということ掲げていたのですが、
ものの見事におかげさまで上半期は5月の『ハムレット』、



そして下半期は本作『ブラッケン・ムーア』と、
とてもありがたいことにしっかりお目にかかれています。しかも舞台作品で。
いや本当にラッキーですよ、「生で見たい!」って思ったら舞台2本の予定が上がって。
舞台での岡田将生ってどうなんだろう?、だなんて不安を蹴散らすほどに、
舞台での岡田将生は映像の岡田将生の何倍も魅力的でますますファンになっています。


どちらの岡田将生も本当にとってもよくて、
『ハムレット』の岡田将生もできたらもう一回観たいくらいだし、
本作の岡田将生ももう一回観たいくらいだし。
でも同時に舞台の岡田将生を見たことのない方たちに観て欲しい気持ちもめちゃくちゃあるんですよ。本当に。観て。


ちょうど先週はマイラブ高良健吾を目の前にしていたので、
高良健吾と岡田将生を二週連続で見るだなんて世の中の一般男性とか○○にしか見えなくなる後遺症が残るんじゃないかといまはちょっと不安なんですけど、それもまぁ本望ですね!


高良くんは「とにかく映画を愛している男」なので、
そんなに今後はどうなるみたいなことは思わないのだけれど、
岡田将生はテレビスターとしてもとても支持があると思うし、
私もそんな岡田将生が好きなので、これからどうなっていくのかなぁと。
当人がやりたいことをやって俳優人生を大満喫してくれれば…と思いつつ、
一方でもっと舞台での岡田将生が見たいな〜〜って思っちゃいます。