ミーハーでごめんね

ヲタク気質のミーハーの忘備録。ネタバレ要注意。月別アーカイブを見られるようにしました。

荒木飛呂彦原画展 JOJO -冒険の波紋-

これくらいフックがある展覧会じゃないと、
美術館に足を運ぶのはおっくうになってしまいました。


この展覧会のベースである漫画『ジョジョの奇妙な冒険』シリーズについては、
存在自体は知っているものの、まったくの無知です。


はるか昔、『週刊少年ジャンプ』をそこそこ読んでいたころ、
すでに連載していたこの作品は明らかに異質でした。
他の「漫画」とは毛色が違いすぎるというか。
紙面の濃度やキャラクターのタッチからして、少年漫画誌では浮きまくっていて(笑)
いまでこそ、超大手コンテンツとして認識しているので、
独特の効果音とか「ジョジョ立ち」とかの様式美みたいなものは、おもしろいと思えるけど、
幼き日の私にとっては謎の存在すぎてまったく手が出せませんでした(笑)
途中参入しようものなら、もう紙面の圧がはねのけてくる感じ。
あの描かれている世界に存在する「ふきだし」すらも、
私のなかではあまりにも馴染まなくて、漫画として読めないんですよ。(どんだけ)
結局どんな話だかいまだによくわからないし、
登場人物も友人が愛してやまないミスタさん以外はよくわかりません。




そんな、「漫画」としてはまったく「なんだかよくわからない」ジョジョの世界なのですが、
それらを「ポップアート」や「現代アート」の視点で取り上げると、
こんなにも(個人的には)「わかる」ものなのかと。


ジョジョからアートを見い出して、
ついに国立の美術館での大規模展示までひっぱってきたひとは本当にえらい。


国立美術館で漫画家の個展が開催されるのは、
28年前に開催されたかの手塚治虫氏の展示に次ぐ2人目で、
現役で活躍している漫画家の展示は史上初なのだそう。




なんといっても、私は荒木飛呂彦先生が好きです。
超ハードな週刊漫画誌での連載にもかかわらず、労働環境は週休2日をキープ。
あの描かれている漫画のどっしりコッテリなぶ厚い質感に対して、
ツルツルピカピカ、見るたびに若返っているともっぱら話題の荒木先生。
そんな事実がすでにもはやひとつの芸術作品みたいなものですよね。


荒木先生が耳元で解説してくれるという夢のような音声ガイドがあったのですが、
わたくし三半規管が弱くて、音声ガイドを聞きながら展示を見ると酔ってしまうのです…
だから今回は諦めました(涙)


そんな荒木先生は、パリで個展を開くなどの活動もされてきたのですね。
有名ハイブランドなどともコラボレーションを展開してきた荒木先生は、
「漫画」という表現手法の可能性をとても信じているということがうかがえます。


漫画家の個展といえば、上野の森美術館での『井上雄彦 最後のマンガ展』以来かも。
10年前ってまじか。こわ。
このときの展示は、まんま、"でっかい漫画を体感する"というような内容だったと思います。
だから、今回の、コンテンツごとアートとして扱うジョジョ展とは、毛色が違うんですよね。
でも不思議なことに、創作の姿勢だけでいえば、
井上雄彦のほうがよりアーティスト然としている印象があります。
逆に荒木先生はどんなに周りにアートだと持ち上げられても漫画家然としているというか。




本展のすごいところは、
あくまでも展覧会のタイトルでもある「原画展」という部分をしっかり押さえつつ、
それらを巨大な展示空間にあったスケールのでかい、
エンターテイメントやアトラクションの類まで昇華させているところ。
だからアートがうんたらかんたらという美術館ならではの敷居の高さがイイ意味でない。
ジョジョが好きなら・漫画が好きならおいでよっていう気軽さと、
美術館に行かないひとでも楽しめる、ジョジョという作品そのものの懐の深さが感じられる。


それができたのはジョジョというコンテンツをつくり出した荒木先生の偉業があってのこと。
なにより、展示されている作品の芸術作品としての圧倒的なパワーよ。
描かれているデザインが超絶カッコいいキャラクターを中心としたモチーフと、
バッキバキの色彩と構図が超絶カッコいい素晴らしい作品が壁一面などに惜しみなく展示されている様子は、もうそれだけで贅沢すぎてくらくらします。
しかもそれが撮影可能だったりするのですよ!サービスすごい!


そしてそれらの鋭すぎるセンスが、
少年漫画誌のカラーページの域を超えたアート作品であるにも関わらず、
漫画というカテゴリーの一端である事実に震えます。
日本の漫画が「クールジャパン」とか言われるの、あ~わかる〜って感じ。
でもたぶん「クールジャパン」と呼ばれる漫画はもっとわかりやすくて、
こんなにアート然とはしていないのだろうなぁと。
そういうところが荒木先生の凄さであり、ジョジョの凄さであり、ジョジョ展の凄さです。




会場は、まさに「祭典」。
お祭り騒ぎのごとく、騒々しい展示からはジョジョのテンションが表れていました。
正直、思ったより漫画にフォーカスするんだな!?、と。
楽しめたものの、結局、漫画自体との接し方がよくわからないまま会場をあとにしたので、
当たり前のことだけれど、やっぱ原作知らないの損だわ~って、ちょっと思いました。
コラボレーション作品としてインスパイア系のゲスト作家による作品があったけれど、
個人的には原作わからない勢にもその世界を感じられるような作品が欲しかったなぁと。
「ジョジョ立ち」についてなんてぜんぜん触れてくれない(涙)そんなに甘くない(涙)
「スタンド」とかも、結局ちゃんとわかっていないままだし。
まぁでも、「原画展」と銘打っているので、これはこれで正解なのかなぁとも思います。
だって楽しかったから!これに勝るものはない!


コアなファンを抱える作品の展示ということもあってから、
ジョジョ展の物販はまるでライブ会場みたい、ってかライブ会場の物販が、
このシステムを真似すればいいのでは?、という感じでびっくりしました!
チケットの前売り制もめんどくさ~とか思っていたのだけれど、
グッズ売り場にてようやく、あ~なるほどね~と理解。(遅)


この展示を入り口にジョジョにハマれるかというと…ちょっと厳しい!
情報量が多すぎてハードルがめっちゃ高い!
そのハンパない情報量が、本展の圧倒的なパワーの一因でもあったわけだけれど。
理解を深めるべく、家系図てぬぐいが欲しかったのだけど売り切れてたよ…
基本的にキャラクターがつねに真顔なので、物語とかあるんだ…?、みたいな。
ここまで見ても恥ずかしながらそんなレベルです……
友人のミスタペンにジョジョの魅力を聞いてみたところ、
「荒木先生は美しい変態」という答えにたどり着いたのでした。




日本て、まだまだアートへの馴染みが浅いですよね。
そういったことをふだん嘆いているひとたちに限って、
こういったアートとの懸け橋になるような「出来事」を否定しがちというか。
プライドを持つのは結構なことだけれど、
あなたがたがそんなんだから食えない作家がどんどん増えるんだぞ、と思います。
アーティストにはしっかり作品で稼くことができるような世の中になってほしい。
だから、本展のような「アート」ということばをやわらげるような展示は、
どんどん企画していってほしいです。

NHKスペシャル「“樹木希林”を生きる」

樹木希林という女優さんのことは、当たり前のように知っている。
たぶん、当たり前のようにたくさんの作品に出演していて、
私は知らないうちに、当たり前のようにそれらに接していたのだろうから。
「ああ、そういえば出てたね」くらいの作品も、めちゃくちゃたくさんあると思う。
そのくらい「樹木希林にしか務められない役」が多すぎる。


いろいろな媒体で目にしたここ最近のインタビューなどからは、
流れに身をまかせて自然に生きるひとなんだなぁという印象をぼんやりと持った。
けれど、それはちょっと勘違いだったみたい。




樹木希林は「ものづくり」のひとだったんだなぁ。





場面は映画『万引き家族』の打ち合わせ。


樹木希林が演じる、おばあちゃんの独特のいやらしさが生まれたのは、
希林さん自身が「わからない」と言いだしたのがきっかけだったとはおどろいた。
あのおばあちゃんのじっとりねっとりしたいやらしさがなかったら、
おばあちゃんは、たんなる"かわいそうなおばあちゃん"だったかもしれない。


私だってわからない・理解できない部分がたくさんあった映画だったけれど、
希林さんが「わからない」と指摘した部分が補填されたことは、
間違いなく私が『万引き家族』という作品を受け入れられた理由のひとつだと思う。


ああいった、与えられた役を演じるにあたって自身の気持ちを主張したのは、
約10年ものあいだともに作品をつくってきた是枝裕和監督との作品だったからなのかなぁ?




昨晩の『クローズアップ現代+』でも、本作のドキュメンタリーでも、
希林さんは、たくさん、いろいろなひとの肩をたたいて、背中を押していた。
いまはそれらも希林さんの「ものづくり」のように感じる。


この番組ですら、どうにかおもしろくなるようにと考えては苛立ったり、提案をしてみたり。
まさに樹木希林が残した「ものづくり」の様子だったのではないだろうか。