ミーハーでごめんね

I AM LOWBROW, AND I'M SORRY.

永遠に僕のもの




ただただ楽しい時間だった。
こんなにおだやかな気分で映画を楽しく観たのは久々なのでは。
映画本編は予告映像や宣伝コピーらとはいい意味でまったく違うもののように感じられた。




主人公・カルリートスはまっさらな「子供」のようだった。
無垢で無邪気で。
ただそのとき自分がしたいように生きていた。
そこからにじみ出ていたのが人間が持つ生命力みたいものなのかもしれない。
だからなのか、そういった類のエネルギーを分けてもらったような感覚がある。


カルリートスの本能のままに自由に振る舞う姿には憧れる。
彼は確かに「子供」だなのだけれど、時折、その振る舞いは年相応以上にも感じられる。
映画『フロリダ・プロジェクト』のヘイリーとはまったく違う。
だから「仲間」から天才と呼ばれるのだろう。
とっさに出る悪気のないウソ。
相手の気持ちなんてのは頭の片隅にもないであろう悪気のないウソも本能なんだろうな。
基本的に悪気というものが彼から伝わってこないので、あらゆる出来事がとてもフラットに感じられるのがいい。


彼の生きる時間はまさしく『永遠に僕のもの』であった。
この邦題、本当にすごいと思う。



日本版のポスタービジュアルもとてもいい。


カルリートスを演じたのは本作が映画デビューとなるロレンソ・フェロ。
アルゼンチンのブエノスアイレスが舞台の本作とはいえ、
彼の"ブエノスアイレス出身"という肩書きだけでもくすぐられてしまう。
華々しいデビューである。




そしてそんなカルリートスの物語を徹底的にスタイリッシュに演出していた。
あらゆる部分がハイセンスで、とても華やかな映像だった。
その華やかさはファッション的という感じもある。
だからこそより一層映画はライトなものに感じられた。
体感的にはほぼミュージックビデオみたいな。
本作は、温度や湿度などはあるのに、人間の質感があまりにもつるつるしているので、
ミュージックビデオなどのほうが生々しさがあるような気がする。
まるで絵画のような映画だった。


だからすごく好きな映画だと思ったのにすぐに忘れちゃうんじゃないかって思う。
そんなのさみしいよ。
でも映画は終始ファンタジックでヲタクの妄想みたいで、
「実感」というものができるところがあまりないのである。




それを助長させるのが主人公の美少年設定である。
(史実なのだけれど映画化するにあたってモデルが美少年であったことがフックになっているのは間違いないので「設定」と表記させていただく)
カルリートスの美少年っぷりは絶妙で、個人的にはパッと見は美少年には見えない。
でもふとした角度やふとしたカットから垣間見える彼はとても「美少年」なのである。
すごいキャスティングだなーと、ど素人がど感心してしまう。
映っているあいだ、ずっと美少年ではないからこそ、
あるタイミングが合ったときに見ることのできる美少年は格別に美しい。


けれど「美少年」と呼ばれる少年の美しさは儚いものであると私は知ってしまっている。
私は彼に憧れるけれど、残念ながら彼にはなれないことも、もう知ってしまっている。
だから本作は私にとっては、より「実感」がなくて、沁みない。
映画から届くのは泥くささとは無縁のサービスばかりである。だからクールなのだ。
だからただただ楽しいだけなのだ。




ただただ楽しかったからこそ、ますます忘れちゃいそうなのである。
でも、本当に楽しい時間だったからこそ、忘れたくないなって思うのである。
それってまさにカルリートスのことじゃん。
そんな私の想いも、きっと彼のものだ。