ミーハーでごめんね

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I AM LOWBROW, AND I'M SORRY.

「野火」 終戦記念日特別上映

「終戦の日」、私は『野火』(のび)という映画を観ました。



こちらの映画、公開は2015年。
当時も話題になっていたけれど、残念ながら観る機会がなくて。
でも「観なきゃいけない映画」だっていうことはわかっていました。
それでも月日が流れ、ただでさえ観たわけでもない本作のことはすっかり忘れていました。


でも、タイミングってやってくるものですね。
地元のミニシアターで上映、しかもなんと塚本晋也監督のトークショーがあるということで、
喜々として特別上映イベントに参加いたしました。






不思議な体験でした。


映画は突然わけもわからぬまま始まって、わけもわからぬまま終わります。
それは、自分がまるでその映画のなかにいきなり放り込まれたかのような感じ。
いわゆる「あらすじ」を読めばわかることが、ただ映像を見ているだけではわからない。
私は主人公・田村一等兵といっしょに手探りで怯えながらスクリーンを観ていました。


映画がひたすらに訴えかけてくるものは、
ただただ"「生きなければならない」という思考"だけだったような気がします。


どうして、いま自分がここにいるのか、いったい自分はここでなにをしているのか。
登場人物らはすでにそんなことすらもうあんまり興味はなかったのではと思える。


そこでは「理不尽」なことばかり。
そういった混乱と、なぜ、どうして、という叫びを、文字情報を極力排して、映像で伝える。
「感覚」や「感触」を、スクリーンの向こう側へ届けたいという意志がつたわる作品でした。




キャストは、塚本晋也、リリー・フランキー、中村達也と、キョーレツなおじさまたちのなかにいる、若手俳優の森優作くんがぎらぎらしていてとてもよかったです。
でもまさか塚本監督が自ら主人公を務めたのは本意ではなかったとは…!




いろいろなひとが「キツい」といっていた映像表現については、
観る前はビビり倒していたのですが、結構平気だったなと。


やっぱり、なんだかんだ言っても、
塚本晋也監督作品ということで、映像のセンスがいいんですよ。
だからなのか個人的には、目を背けたくなるほどの惨状よりも、
自然の、木々や葉の、緑色だとか、空の色だとかの印象のほうが強く残っていて。







もちろんそれらはコントラスト強めの映像からなる産物のひとつだし、
それがゆえに「惨状」だってすごいことになっているわけなのだけれど。


そんな美しい自然のなかで、繰り広げられる「惨状」は、いっそう現実味がない。
でも、それは「現実」にあったことだということをしっかりと受け止めなければならない。




これが、「戦争から帰ってきたひと」と呼ばれるひとたちが"本当に見た"景色なのでは。
そんな説得力がものすごい。
そういった景色を、終戦から15年経って産まれた監督が、
原作小説や実際に「戦争から帰ってきたひと」からの証言をたぐりよせて描き出したのだ。
例え実体験を語るひとがいなくなっていったとしても、
こうして次の世代が客観的かつ美談にせずに、
しっかりと「戦争」と向き合って伝えていくことにも大きな意味はあるのだ。


大切に、大切にしなければならない映画だと思いました。




これはトークショーで、司会の映画館の支配人さんが切り出してハッとしたのだけれど、
私、観ているときに「音楽」が鳴っていたことにまったく気がついていなかったんです。
それくらい、音は映像と一体となっていたのだと思うと、すごいなぁと。






今回の特別上映の内容は以下。

・石川忠× 中村達也 ライブ映像 
・『野火』(映画本編) 
・メイキング「塚本晋也解説『野火』20 年の軌跡」
・塚本晋也監督 舞台挨拶
・サイン会開催


サービスもりもりすぎて約4時間にも及ぶ長丁場となりました(笑)
映画本編を含めた3本連続での映像上映は塚本監督ですらびっくりしていました(笑)




個人的には、(ぶっちゃけ映画本編より、)
約1時間のメイキング映像や、塚本監督の『野火』に対する想いや姿勢など、
クリエイティブな側面やそこにあるつくり手の心のようなものに触れることができた喜びが大きかったりします。
(なんかごめんなさい)


塚本監督は、公開から各映画館で上映が終了になっても、
毎年夏はこの『野火』という作品とともに、上映される各映画館へ訪れているのだそうです。
今回鑑賞した劇場へも支配人さんに監督から直接(!)メールで今回の上映についての連絡があったとか。すごい。
それは本作が、いかに塚本監督にとって特別な作品かということを物語っています。
『野火』は、大岡昇平さんという方が執筆したフィリピンでの戦争体験がもとになっている原作があり、過去には市川崑監督が映画作品を制作している。
トークショーでもおっしゃっていたけれど、
これまでの「自分の妄想を具現化した作品」とはちょっと違う。
「伝えなければならない」「伝えたいことがある」という使命感のようなものを持って、
このつくりあげた映画とともに全国を行脚しているのですよね。


そういった作品を生み出すことができたことは、
「映画監督」にとってはとても幸せなことだと思います。


さらにこの映画、「自主製作映画」とは噂には聞いていたものの、
それは本当に本当だったという衝撃。
その単純に「お金がない」という状態からひとつの映画をつくるまでの過程を知ることができたのもとてもおもしろかったです。
人力と創意工夫。
いや、キツくてキツくて仕方がなかっただろうけれども。(ほんとごめんなさい)


最近観た河瀨直美監督の『Vision』のことを思い出しました。
なにせアート然としている映像作品を、商業映画として配給、それを可能にした『LDH』。
本作は内容がひっかかるところがあるのはわかるけれど、
この作品にいっちょ力を貸してやろうという姿勢を見せてくれるスポンサーがいなかったのかと思うと、やっぱり残念に思います。


けれど、そういったことも含めて、
この『野火』という作品が支持を集めている現状は、とても強い。
人間の持つパワーみたいなものがしっかりと感じられる強さなのです。






今回の特別上映のプロローグであるライブ映像で中村達也とのアツいセッションを繰り広げていた石川忠さんは、昨年亡くなられたのだそうです。
本作を含め、数々の塚本作品の音楽を担当されてきたのだそう。
ご家族の協力もあり、今年、ようやく本作『野火』のサウンドトラックがリリースに。


映画本編もそうなのですが、このライブ映像も含め、
塚本作品は塚本監督が映画館それぞれに細かく映像の音量を指示するのだそう。
で、これがまた爆音も爆音で(笑)
ただでさえいい意味でアチアチねちねちしつこいセッションだったので、
映画本編上映前に客席はすでにぐったりという(笑)




トークショーで壇上に現れた塚本晋也監督は、
メイキング映像そのままのとてもおだやかでやさしそうな方でした。
ただ、メイキングは2015年につくられたものだそうなので、
今日この目で見た監督は当時より華奢に見えました。
『野火』の撮影後に役者として出演した『沈黙‐サイレンス‐』を撮ったらしく…そらな。
数々のクセの強すぎる作品を手掛けられているだなんて想像がつかない物腰のやわらかさ。
作品への愛をまっすぐに語り、まわりへの感謝をつねに持っている印象でした。


そんな塚本監督のお話が聞けたうえに、
パンフレットにサインをもらって、少しお話をして、握手までしていただいて。
さらにさらに、私の写っている集合写真が塚本監督のスマホのなかにあるという現実(白目)


監督は「本作をSNSで拡散してください!」とおっしゃっていました。
…ううう力不足でごめんなさい~~~~~><




きっと、これから「8月15日は『野火』を観た日」になることでしょう。
そしてその日は「終戦の日」であるということがより色濃く刻まれるのだと思います。